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【コラム】盧武鉉政権の左派修正主義史観

 先日、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が行った「光復節(独立記念日)記念演説」は、いま韓国社会が抱えている対立や混乱の原因が、大統領府関係者らの修正主義的な歴史観にあるということを再確認させる機会となった。

 自ら「左派実用主義」を標ぼうする盧武鉉陣営のそうした偏向が、一種の新興宗教のように定着してしまっている以上、その「迷信」を打破する方法はもはや全面対決と権力奪還しかないと思われる。

 その「盧武鉉演説」であらわになった左派権力の歴史観の柱は次の2つだ。

 まず一つは「解放(日帝からの独立)後に政府が樹立する過程で、一つの国にまとまろうとした統合主義路線は挫折してしまった」というものだ。

 そしてもう一つは「わが民族の自主的力量を呼び覚まし、分裂を防ごうとした努力は、再評価されなければならない」というものだ。

 これは、大韓民国の樹立とは別路線を歩んだ「中間派」の左右合作、平壌南北交渉、そしてその他の「統一戦線」の歩みにかなりの正当性を付与する発言と解釈される。

 当時、38度線の北側では解放直後の9月にはすでにソ連占領軍の指令のもと「人民委員会」という革命政権が成立し、共産党による一党独裁が容赦なく展開されていた。この事実を振り返ったとき、「中道主義者」らの熱意が本物であったかどうかは別として、盧武鉉大統領の指す「統合主義」にどれほどの実現性があったと言えるだろうか?

 ブルジョア民主政治と社会主義経済を折衝しようとした中間派の理想論は、南側の右派はともかく、スターリン、金日成(キム・イルソン)、朴憲永(パク・ヨンヒョン)のボルシェビキ革命には絶対に容認できないものだった。1948年の南北政党社会団体連席会議も、結局ははかない夢で終わった。

 半世紀後、この「実現不可能な折衝論」が息を吹き返し、「北のゆるやかな連邦制と南の連合制には共通点がある」とし、金正日(キム・ジョンイル)と金大中(キム・デジュン)の間で企図された約束が交わされた。しかしこれも、韓米同盟の弱体化と大韓民国の武装解除という逆効果をもたらす結果に終わってしまった。

 問題はこうした各種の「トロイの木馬」が、常に「民族主義」 「わが民族同士」 「自主」 「反覇権主義」 「失われた戦時作戦統制権の還收(単独行使)」などという大仰な表現で大衆を煽動していることだ。

 386世代(現在30歳代で1980年代に大学に通った1960年代生まれの世代)の親北朝鮮派らは、来年の大統領選挙で第3期左派政権を成立させるため、またしても「自主・民族主義」「親米・親日の事大主義」の二者択一という扇動的な作戦に打って出る可能性が高い。

 「盧武鉉の支持率」は最低を記録しても、作戦統制権「還收」賛成(への賛成率)は51%にのぼるという世論調査の結果もある。これが大衆社会の「いかんともしがたい」ところだ。

 つまり「戦時作戦統制権」がどのような制度かをよく知りもせず、「韓国の大統領は自国の軍隊すら思い通りに指揮することができない」という誤解さえ煽れば、一部の大衆は「そんなことがあってもいいものか…」と怒りに燃え、「情緒的民族主義」の炎をたぎらせる。

 この「情緒的民族主義」による煽動を統制できず、野党の大統領候補らがこうした風潮に恐れをなして口をつぐんで保身に走ってしまったり、さらには選挙期間中に日本の右翼が独島(日本名竹島)の海上に船を送り込むか米軍の兵士が何かの事故を起こしたりすれば、3期連続で左派政権が成立してしまうのはほぼ間違いないだろう。

 こうした左派のシナリオに、われわれはどのように対処すればよいのか。自由主義者や保守主義者はもちろん、NL主思派(主体思想派)の醜行を疎ましく思っていた「合理的進歩主義者」も含め、今こそわれわれは「金正日-盧武鉉式の自主」を始めとする反動勢力に対し、真っ向から戦いを挑まなければならない。

 われわれがひとまず解決していかなければならない課題は、彼らの言う「荒廃した民族主義」ではなく、「20代の就職問題」や「40代の失業問題」 の解決に取り組んでいくことであり、 「世界のトップ100校にも届かない韓国の大学教育」を改善し、「過激労組の横暴」 「全教組の政治行動」 「反企業的風土」 「税金を投じた金正日-北朝鮮関連団体への援助」 「政権の傍若無人な言動」 「コネ人事」 「放漫な財政運営」を清算することにある。

 それとともに、「内向きの民族主義か、開かれた民族戦略か」という問いこそ、現在の韓半島(朝鮮半島)に一種の「文明衝突」をもたらしている核心的問題であることを肝に銘じなければならない。

柳根一(ユ・グンイル)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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