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韓中、高句麗史に対する開かれた姿勢を

 中国の文物局が2003年3月から7カ月に渡って行った中国吉林省集安市の丸都山城や好太王陵など高句麗(コグリョ)遺跡の発掘に関する報告書が公開された。報告書は丸都山城の宮殿跡や瓦、「辛卯年 好太王」と書かれた青銅の鈴などの発掘成果を伝え、「高句麗建築の威容と優れた美意識が見られる」と評価した。

 中国が中央政府機関の文物局(韓国の文化財庁に該当)まで加わって高句麗遺跡の発掘と関連した報告書を出すのは極めて異例なことだ。また、発掘報告書が遅いことで有名な中国で、昨年行われた発掘の成果が1年も経たないうちに報告書として整理されたことも前例のないことだ。

 これは今回の高句麗遺跡の発掘と報告書の作成が、平壌(ピョンヤン)と集安の高句麗古墳の壁画に関するユネスコ世界遺産登録の最終決定のため、6月末に中国・蘇州で行われるユネスコ会議と関連があるのではないかという観測を招く。

 中国の地では一時、ほとんど放置された状態だった高句麗遺跡が関心と保護の対象になっている現象は喜ばしいことだ。しかしこのような関心が結局、高句麗を中国史の一部に編入させようとするいわゆる「東北工程」の一環として行われているという事実もまた見過ごすことはできない。

 中国は韓国が高句麗史をあまりにも民族主義的な見方で見ていると批判している。しかし中国側が数多くの史書の記録を無視するか、自分流に解釈してきた延長線上でごり押ししている東北工程こそ、現在の政治的な必要によって過去の歴史の研究がねじれている代表的なケースであるといえる。

 高句麗遺跡は韓中両国にまたがる貴重な人類の文化遺産だ。これを正しく理解し保存するために必要なのは、早急な政治的な利害関係を問うよりも、両国が開かれた姿勢で学術的な共同補助関係を深めることだ。後世の人々が過度な自己中心主義に陥って歴史を見るとき、歴史は本来の姿を見せないものだ。

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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